人権・民主主義

中国トップレベル選手の栄光と影! 恐ろしく残酷な現実にも目を向けよう!(朝香 豊)


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東京五輪の女子高飛び込みで金メダルを獲得した中国の全紅嬋選手は、審査員全員が満点をつけるという演技を決勝で2度も披露し、圧勝した。金メダルを取ったインタビューで彼女が語った話は、彼女を中国国内で一躍時の人にした。

彼女は広東省湛江市にある邁合村という村落の出身だ。彼女の家庭は村落にある400世帯の中でも下から1割の中に入るほど貧困である。祖父は病に倒れ、母親は出稼ぎに出た先で交通事故に遭って肋骨を数本骨折しながら治療費用が出せず、その後遺症でずっと苦しんでいる。

彼女は7歳の時に抜群の運動能力が注目され、スポーツ専門学校にスカウトされた。年々数が絞られていく中で彼女は最後まで勝ち残り、中国代表となって今回の栄冠を手にしたのである。

記者会見で選手人生を選んだきっかけについての質問に対して、彼女は「母親の病気の治療費のため」だと答えた。「お母さんが病気です。私は字も読めず、母親がどのような病気にかかったのかもわかりません。お金さえ稼げば、お母さんの病気を治してあげられるんじゃないか。いっぱい稼ごう、それでお母さんを治そうと思って、ずっと練習してきました」「私は休みの日にはずっと家にいます。お金がないので。まだ遊園地にも動物園にも行ったことはありません。オリンピックが終わったら、ユーフォーキャッチャーで遊んでみたいです」と語った。

彼女は母親の病気を治す費用を稼ぐために子供らしい楽しみをすべて諦め、7歳にして親元を離れ、全てを練習に注いできた。彼女は1日に300回も飛び込みの練習をしている。そのせいで彼女の髪は傷み、ウニのようになっている。

彼女はこれまで稼いできた賞金や報奨金のすべてを、一家の暮らしと母親の治療を支えるために捧げてきた。そのために食べ物も節約し、子供らしい遊びも諦めてきた。彼女はベストの状態をキープするために、体重を1日に3回計測して、常に34.5kgから35kgの間で維持してきた。

彼女はインタビューで「今晩は好きなものをたくさん食べたい。特に辣条が食べたい」とも語った。辣条というのは小麦粉を唐辛子などと合わせて練って揚げただけの、中国の安価な駄菓子である。彼女はそんな駄菓子さえ口にしないで、一家のために頑張ってきたのだ。国家にも親にも厚い忠義を示した「忠孝両全」の模範として、彼女は中国国内で大々的に取り扱われた。

彼女の実家のある湛江市の企業が彼女の「忠孝両全」ぶりに着目して、彼女の一家に豪華な家具付きの家と店舗、さらに現金20万元(約340万円)を贈ると発表した。店舗が贈られることになったのは、彼女が「最大の夢は小さなお店を開くことです」とインタビューで答えたからだ。 湛江市衛生局と広東医科大学病院の代表者も全さんの家族を慰問し、母親の医療費を全面的に支援すると申し出た。彼女は自分の血の滲むような努力で自分の一家の運命を変えた。これは間違いなく美談である。

だがその一方で、いろいろとおかしなことにも気付かされる。彼女は字も読めないと語ったが、それは朝から晩まで高飛び込みの練習に打ち込むばかりで、義務教育すらまともに受けていないことを示唆している。国家からはスポーツではエリートとして選抜されながら、国家はこうした人材の教育を平然と放置しているのである。

インタビュー中に記者が尋ねた「性格」という言葉すら彼女は知らなかった。彼女は記者が尋ねる言葉を何度も聞き返し、結局わからず仕舞いであることを露見させるしかなかったのである。彼女は最低限の国語の教育も受けていないのだ。数学や理科はもちろんのこと、外国語の教育など望むべくもない。

彼女の祖父も母親も長年病気で苦しみながら、医療を受ける機会は与えられず仕舞いだった。もし彼女が年々絞り込まれていくスポーツエリートの中で脱落していたら、彼女の母親は生涯真っ当な医療を受けることはできなかったであろう。そして当たり前だが、大半のスポーツエリートが途中で脱落することになる。

頂点にたどり着いたと思えるスポーツエリートであっても、その後の人生は必ずしも順風満帆だとはいえない。例えば中国の元ナショナルチームの体操選手である張尚武は2001年に世界大学生運動会の吊り輪で優勝したエリートだったが、2002年に左足のアキレス腱を断裂して運命が暗転した。2005年にわずか3万元(50万円)の退職金で選手人生に別れを告げざるをえなくなった。学歴のない彼は就職にも困り、身長が154センチしかないために、警備員の仕事にも就けなかった。生計費を賄うために、彼は自分が獲得した金メダルも売ってしまった。彼も貧困家庭の出身で、祖父が病気で苦しんでいた。彼は2019年に窃盗で捕まって禁固刑に処されたが、2020年に出獄した。

彼も体操一筋で頑張ってきて、基礎的な教育すら受けていない。どうすれば自分の生活を成り立たせられるか、彼はわからなかった。自分の名前を書いた看板を持って地下鉄の車両の中で物乞いをしている姿が目撃され、その画像がSNSで広がっている。

全紅嬋選手の話は中国国内では美談としてのみ扱われている。だが我々はその背後に見える中国の過酷な現実にも目を向けるべきではないだろうか。国中から優秀なスポーツエリートを発掘するその仕組みは、果たして人間を幸せにするものなのだろうか。私には残念ながら全く思えない。

 
 
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全紅嬋選手の画像
https://i2.wp.com/www.visiontimesjp.com/wp-content/uploads/2021/08/2021-08-08-160333_002.jpeg?fit=600%2C400&ssl=1
張尚武選手の画像
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