黒人のジョージ・フロイド氏が白人警官の不当な扱いで死に至らされた件で、スポーツ用品のナイキが”Don’t do it”キャンペーンを始めた。
ナイキのメッセージはこんな感じだ。
「アメリカに問題がない素振りはやめよう。人種差別に背を向けるな。無実の命が奪われるのを受け入れるな。言い訳をするな。自分には関係ないと思うな。離れて黙っているなんてダメだ。変化を生み出す一部に自分はなれないなんて考えるな。みんなが変化を生み出す一部になろう。」
随分と勇ましくご立派なことだ。
私がナイキに対してやたらと嫌味っぽいなと思った方も多いだろう。
それはナイキが中国に対して取った態度を私が知っているからだ。
2019年10月に、NBA(全米プロバスケットボール協会)のヒューストン・ロケッツのモリーGMが、香港の民主化デモを支持して、”Fight for Freedom. Stand with Hong Kong”とツイートして、物議を醸した事件を記憶している人もいるだろう。
これに腹を立てた中国は、中国国内でのNBAの放映を禁止し、中国のスポンサー企業が相次いでNBAのチームとの契約を解除した。
中国政府はモリー氏の解雇まで要求していた。
NBAにとって中国は40億ドル規模のお得意様であり、それをフイにするようなことはなかなかできなかった。
だが、中国の理不尽な圧力に屈するのかと諸方面から詰め寄られて、NBAはモリー氏の言論の自由を尊重すると発表した。
このため、NBAは莫大な経済的損失を被ることになった。
さて、いつもは社会性のあるメッセージを打ち出して存在感を出してきたナイキだったが、実はこの時はだんまりを決め込んだ。
それだけではない。
中国にあるナイキショップからヒューストン・ロケッツに関連するグッズをそっと撤去したのだ。
ナイキの2019年の中国国内の売上は、前年比で21%増えて、62億ドルに達した。
ナイキはバスケットボールの中国代表の公式ウェアを担当しており、そのこともビジネス上大きなメリットになっている。
だからこれらを犠牲にするような言動はできなかったのだ。
ここにナイキの本質がはっきりと表れている。
今回のフロイド氏の殺害に関してナイキが”Don’t do it”キャンペーンをやったところで、白人がナイキ商品をボイコットすることなどありえないから、ナイキはこういう「社会派」のキャンペーンを打つことができる。
キャンペーンを打てば、ナイキの存在感は高まり、売上にも貢献してくれることになる。
それは、白人社会においても黒人差別はいけないことだという通念がほぼ共有されているからにすぎない。
「人種差別に背を向けるな」「言い訳をするな」「離れて黙っているなんてダメだ」なんて言えるのは、そんな人がごく少数にとどまっていて、社会的な反発が事実上ないからだ。
だが、社会体制が完全に人権抑圧的で、それゆえに差別が制度化されるほどに深刻で、そこからの反発を受けるとダメージが大きいと見るや、何も言えなくなってしまう。
つまり、メッセージの必要性が実際にはあまりない場合にはメッセージを出すけれども、メッセージが真に必要になる場面では、ナイキはだんまりを決め込んでいるのだ。
だからナイキはチキンだといえばその通りなのだが、だからといって一方的に責めるつもりはない。
62億ドルの売上が飛べば、ナイキの存続にも関わる事態になるのは、十分に想像できる。
経営者として、そんな選択はできないだろう。
ただこの態度に「リベラル」派の真実が投影されていることは注目したい。
「リベラル」派の主張に乗っかる戦略を、ナイキは採用してきたとも言えるからだ。
彼らは今の世の中でもまだまだ数多くの不当な差別が残っていると訴える。
確かに不当な差別のように見えることはいろいろとある。
今回のフロイド氏の事件も、そういうもののうちの1つだ。
だが、そうしたものを「不当な差別だ!」と取り上げても、大した反発を受けない世の中にすでになっていることを見落としてはいけない。
それは「差別だ!差別だ!」と大声を上げる必要性が薄らいだ社会の中にいることを、実は示している。
彼らがそう主張するのは、そう主張することの必要性が切実だからではなく、単に「カッコいい」からにすぎない。
だからそう発言することが自分の身の危険につながる中では、彼らは沈黙する。
普段「人権!」とかを声高に主張する「リベラル」派が、中国に対して沈黙することが多いのは、ハニートラップやマネートラップに引っかかっていることもあるが、それだけではない。
彼らの「人権」意識なるものがファッション的な薄っぺらいものでしかないからでもあるのだ。
ここにリベラル派の欺瞞性が示されている。
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