私の普段の投稿は、ブログの拡散を意図してフェイスブックに広告を出すことが多いのだが、実はその大半が広告として却下されている。
私のブログ記事を日頃から読んでいる方は、私が頭から決めつけた結論を押し付けずに、事実ベースに立脚して立論していることを感じてくれていると思うのだが、Facebookは私のこのようなスタイルが全く気に入らないようである。
ファイザー・ビオンテック製のワクチンについて書いた記事も同様である。そして以下がその時の広告の却下理由である。
「広告は、ワクチンが危険である、健康に悪い、生命や身体を害するなどと主張してワクチン接種を抑止したり反対したりしてはいけません。Facebookのポリシーへの違反を繰り返した広告主は、Facebookでの広告掲載に無期限の制限が課される可能性があります。」
私の記事を読んで私のことをワクチン否定派だと考える感覚は全く理解できないが、自分の言いたいのはそこではない。はじめから「ワクチン接種は正しい」という結論が決まっていて、ワクチン反対派が自説を広めたいと宣伝することを、Facebookは許さないのである。こうした動きに出ることを社会的な責任だとFacebookは考えているようだが、こういうのを「全体主義」というのではないのか。
明らかな虚偽や誇張はもちろん問題だろうが、事実ベースに基づくのであれば、結論が右だろうが左だろうが、そんなことは問題にすべきことではないだろう。
極めて限られた例とはいえ、今回のワクチンにアナフィラキシーショック(急性の激しいアレルギー反応)があったり、脳血栓、心筋症、神経麻痺などを誘発していると見られる例があるのは事実だ。局所の腫れ、痛み、発熱、頭痛、倦怠感などで、接種後数日にわたって仕事に影響が出ることは、決してまれとは言えない。RNAワクチンだから遺伝子を改変するというのは誤解だと考えてよいと思うが、長期的な影響が現段階で完全に解明できているとは言えないのも確かだ。
こうしたことについて、「決して大きな問題ではないから大げさに取り扱うな」という立場もありうるが、「こういうこともあるから接種は慎重に考えよ」という立場だって当然ありうる。
ワクチン接種によって2割の人が命を落としているといった、明らかに荒唐無稽で人々の不安を焚きつける議論が広告から排除されるのは、ある意味当然であろうが、すでに出ている科学的データを冷静に読んだ上で、それをどういう立場から解釈するかは人間の自由に属する話である。
Facebookは本来自分たちの「正しい考え」を持たずに、少なくとも押し付けずに、あらゆる意見を平等に扱うプラットフォームであるべきではないのか。私はそう考える。
ところで、科学雑誌「ネイチャー」の医学版の「ネイチャー・メディスン」に、反ワクチンの宣伝が組織的に行われていて、60人ものスタッフを抱えて運営しているところもアメリカには複数設立されているとする記事が掲載された。同記事はこれに対する対策として、SNSで拡散するのに影響力を発揮している「スーパースプレッダー」をSNS各社は排除すべきだと訴えている。
この動きは言論の自由にとって危険である。いくら間違った言説であっても、言論には言論で立ち向かうべきで、安易に排除の論理を振りかざすべきではないと私は考える。
ただこの問題とは別に、多くの職員を抱えて運営しているこうした機関が、一体どこから運営資金を賄っているのかは冷静に考えるべきではないか。その資金の提供者は、私達の情報空間が歪められることで利益を得ているから資金を出しているはずだ。資金提供者がどんなところか、合理的な推論を巡らすことも必要ではないだろうか。
こういう組織、その資金の提供者に踊らされている可能性を、反ワクチン派の人たちには冷静に考えてもらいたいと思っている。
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